
3月18日、Bリーグ昨季王者の宇都宮ブレックスは、台湾のニュータイペイキングスとEASL FINALS準々決勝を戦い85-64で勝利。準決勝は琉球ゴールデンキングスと、昨季のB.LEAGUE FINALSぶりに対戦する。
この日の試合終盤。初めてコートに立ったのは、日本人初のNBAプレーヤーにして、日本バスケ界のレジェンド・田臥勇太だった。22点差と勝敗はほぼ決まっていた時間帯だったが、会場には一際大きい歓声が膨れ上がった。

そんな田臥のマークに付いたのは#10 チエン・ヨウチョー。田臥とは、ひと回り以上も歳の離れた30歳の中堅選手だった。
チエンはマッチアップ早々、自ら田臥に話しかけて笑顔を誘うなど、勝敗も国境も超えた2人の世界を、まるで楽しんでいるように見えた。一体、2人の間では、どんな会話が交わされていたのだろうか。
チエン
「田臥さんはレジェンドです。しかもアジアのレジェンドなんです。「同じバッシュです」と伝えたら田臥さんは笑ってくれました」


その後、コートサイドのファンからもチエンに対して「レジェンド、レジェンドだぞ!」といった言葉が飛んでいたように、田臥のNBA挑戦から20年以上の月日が経とうとも、その存在は日本国内はもとより、アジア各国でいまだ色褪せることはない。
振り返れば、去年10月に台湾で行われたEASL開幕戦では、BREXのユニフォームやサンズ時代の田臥のグッズ、さらにはどこから仕入れたのか「月刊バスケットボール」を手に、田臥のプレーを一目見ようと声援を送る現地ファンの姿も珍しくなかった。


まだ、Bリーグが誕生する遙か前。田臥が海を渡り切り拓いたレガシーは、アジア全体の誇りとして継承され、EASLという新たな可能性を秘めた舞台で、今もなお多くを魅了し続けている。
そして、当時の挑戦に夢をもらった今の現役世代も変わらぬ憧れを持ったまま、同じコートに立つ機会にまた夢を抱き、刺激を受け続けているのだ。
目をキラキラさせながらチエンは言う。
「試合後にサインを貰うチャンスは残念ながらありませんでしたが、ホテルが一緒なので機会があれば写真をお願いしたいです」
改めて「YUTA TABUSE」の偉大さを実感する、そんなマカオの夜だった。

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