「私が最初に言葉を紡ぐことはできないよ」
試合後の会見で目にうっすら光るものを浮かべながら、最大の気遣いを見せた闘将の表情は、この男がどれほど尽くしてきたかを物語っているようだった。
アルティーリ千葉の創設期から礎を築いてきた大塚裕土が、10月29日に今季限りでの現役引退を発表した。クラブ、そして自身の悲願だったB1昇格元年に、なぜユニフォームを脱ぐことを決めたのだろうか。
「正直にいえば、プレミアリーグが始まるシーズンにもう1年チャレンジしたい気持ちはありました。でも、年齢には抗えないというか。本当はどこかのクラブに行けば『もっと使ってくれるだろう』とか考えたこともありました。でも、自分はこのクラブで終えたい。今まで学んできたことを全て還元したい。 シーズンが終わってクラブが編成を決める時に『今季が最後だったんだ』とはなりたくなくて」

旧・栃木ブレックスの下部組織「TGI D-RISE」からスタートしたプロキャリア。 そこから7クラブを渡り歩き、 2019年から2シーズン在籍した川崎ブレイブサンダースでは、天皇杯で自身初の日本一も経験した。
「いつ結果が出なくなるかも分からないし、 毎年怖さはありますけど。結局、助けてくれるのは自分自身なので。でも、『キャリアの終わり』が近づいてる方が怖いですけどね」
当時から語っていたのは、アスリートとしての矜持。そして、バスケットボール人生が終わることへの恐怖感だった。
アルティーリ千葉との運命の出会い
そんな大塚裕土の最終章、始まりは突然だった。天皇杯チャンピオンクラブから、 B3新規参入クラブへまさかの電撃移籍。 当時34歳だった大塚の頭にも、最初はB1以外の選択肢はなかったと言うが、それでもクラブのビジョンに耳を傾けるうちに、いつしかベクトルは向いた。
「色んなクラブを渡り歩いてきて『出来るクラブになりそうだな』と感じました。例えば、選手編成が決まる前からある程度のスポンサー数がいたり、本当に数字として並べてくれてそれが理解しやすくて、話に真剣に向き合うようになりました」
大塚が感じたクラブの可能性。 そのビジョンを0から共に形にしてきたのが、現代表取締役の新居佳英だった。
「チームを作ると決めた時にかなり大塚選手とはお話をさせてもらって、 彼の持つ経験やシューターとしての能力、あとは人間性やキャプテンシー、そして責任感。何より我々が作りたかったチームビジョンに心から共感してくれて、 長期に渡って一緒に頑張ってくれることが、私にとってはすごく大きかったです。キャプテンとして、新しくできたばかりのチームを引っ張っていくのはとてつもない苦労があったと思います。経営者と選手という関係を超えて、このチームを一緒に作ってきた『同志』だと思っています」

簡単ではなかったゼロからのクラブ創り
B1レベルを知る身として、そしてキャプテンという立場で、自分の経験をどう伝えれば理解してもらえるのか。加入1年目は、悩みと向き合う時間の方が多かったかもしれない。1年でB2昇格を果たすものの、そこからはレギュラーシーズンで圧倒的な強さを見せながら、2年連続B2プレーオフセミファイナルで敗退。「B1昇格の壁」は、想像以上に分厚かった。
それでも・・・今ではそんな大塚の背中を追いかける、 頼もしいクラブの未来も育っている。在籍3シーズン目となった24歳の黒川虎徹だ。
「裕土さんがいるから僕はアルティーリ千葉に来ました。裕土さんのおかげでこのチームに入れたと思いますし、裕土さんのおかげでステップアップできていると思います。僕がダメな時でも常に声をかけてくれますし、チームにとっては精神的支柱です」

そんな黒川も見守る中で行われた引退発表会見で、 クラブのレジェンドが最後まで貫くことを誓った姿勢。
それは「コートの上で、その1本のシュートで、勝利に導く」こと。 大塚が常日頃、自分自身の存在価値に置いてきたことだった。
2023-24、2024-25と2シーズン連続で「B2ベスト3P成功率」に輝いたそのシュート力は、いまだ錆びつくことはないだろう。限られたプレータイム、限られたシュートチャンスかもしれない。 それでもその1本に魅了され、待ち侘びる者がいる。
「試合に出られなくても24番のユニフォームを着てくれる人がたくさんいて、 そういう人の為にもなるべく1秒でも長くコートに立てるようにしたいなと思いますし、 しっかり準備したいと思います。1本でも多く3Pシュートを決めて、 皆が盛り上がってくれれば嬉しいですし、そういう姿を特に若手選手に見せていきたいです。
大塚裕土のラストダンス。
その勇姿を1秒でも長く、目に焼き付けよう。
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